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ヨリス・ライエンダイクの金融の話

ヨリス・ライエンダイクの金融の話 この元旦、ひじょうに興味深いドキュメンタリーを見た。 ヨリス・ライエンダイクというオランダ人ジャーナリストが案内役をつとめる、「バンカーの脳」というドキュメンタリーだ。ライエンダイクは大好きなジャーナリストの一人。アラビア語や宗教人類学を学び、しばらく中東の特派員をつとめていた。彼の著書「こうして世界は誤解する」は、日本語訳も出ている。 現在はベースをロンドンに移し、ガーディアン紙で「THE JORIS LUYENDIJK BANKINGBLOG」というユニークな金融のブログを書いている。「僕は金融経済の素人。だから読者と一緒にその世界を掘り下げていく過程をブログで紹介する」というのがコンセプト。すでに1年半書き進められているこのブログでは、金融業に携わる人々や、かつてその業界で活躍していた人々の(匿名)インタビューなどが多く紹介され、閉鎖的な業界の内情を垣間見ることのできる斬新なジャーナルとして脚光を浴びている。 番組の中では、金融業界での体験談を暴露する元バンカーの作家、かつてゴールドマン・サックスやドイチェバンクで働いていた金融業専門の脳神経学者、ロンドンでマネージャークラスのバンカーたちをクライアントとする心理カウンセラーも出演し、バンカーという特殊な”人種”やそのメンタリティー、業界カルチャーを描き出している。 先頃イギリス政府の銀行制度改革案に関する報告書を発表したイギリス議会の銀行規範委員会は、ボルカー元米FRB議長はじめ多くの証人を招待して情報を収集した。ライエンダイクも、ブログが評価されて「異なるアングルから銀行業界をみる人類学者、ジャーナリスト」として招待され、興味深い見解を述べた。 番組の中では、ロンドンの取引市場で活躍するバンカーのトップに精神病質の人の割合が高いことにも言及している。大量のテストステロンを分泌する勝負師的な体質の人に適性がある業種。仕事の形態や業界のカルチャーからその特徴は暴走し、しまいには根拠のない万能感で尋常でないリスクを伴う取引をするケースが日常茶飯事だという。ライエンダイクは、「自分が神として機能していると心から信じているトップも多い。そして世界中の人々が”この僕”になりたいと願っているという優越感を持っている」と、これまでにインタビューをしてきた人々の言葉を思い浮かべるように語った。ちょっとびっくりな見解と思ったけれど、銀行規範委員会のメンバーもこのメンタリティーには着目していて、その原因や背景についてライエンダイクの意見を求めていた。 「経済危機から5年たった今でも、その被害はまだ把握しきれていない。奇妙なのは、この危機を巻き起こした当事者たちについて、我々はほとんど何も知らないということだ。そこで、ヨリス・ライエンダイクを案内役に、世界金融の心臓部”ロンドン・シティー”を探索してみよう」という出だしで番組は始まる。 そして「法則を破るバンカーがいることは問題だ。だが最大の問題は、その法則自体にある。普通に考えれば、2008年にあれだけの世界不況を巻き起こした当事者たちは、牢獄に繋がれてしかるべき。だが誰も裁かれてはいないということは、彼らが従っている法則自体が間違っていると考えるしかない」と、業界の問題を指摘。個々のバンカーたちの「勝負」や「スリル」に対する中毒的な欲求が業界全体を動かす業界のカルチャーについては「敵を殺せば大きな報酬が得られ、その過程で間違って一般市民を殺してしまっても、”大丈夫、他の誰かがケアしてくれる”程度に考える異常な軍隊のよう。敵地一面に手榴弾をカーペットのように敷き詰めることも厭わない・・<中略>・・・地獄のないカトリシズムに似ている(銀行規範委員会のインタビューのビデオより)」とライエンダイクは強い言葉で描写する。 「精神病質のトップバンカーたちが、考えればあまりにも危険すぎるとわかっていたリスクをおかし、その結果経済が破綻した。世界中で甚大な被害を出したにもかかわらず、当事者のバンカーたちは、今でも自分の利益を追求し、スリリングな取引市場の最先端で活躍している(あるいは自殺している)・・・・」 金融音痴の私にはあまりにも衝撃的な内容だったのだが、業界の人たちはどう見ただろう?それも気になるところだ。 とにかく私は知識が乏しすぎてライエンダイクの洞察を消化しきれてはいないのだけれど、これを機会にもう少し経済について学んでみようと思う。 photo (c) studio frog

孤独な葬儀 (from update-NL)

アムステルダムには、「孤独な葬儀」という詩人集団がある。芸術家であり詩人であるF・Starik(F・スターリック。写真)が2002年に創立したものだ。

Aonton Corbijn – Inwards and Onwards (from updateNL)

最近では、映画監督としても活躍しているアントン・コービン。その久しぶりの写真展「Inwards and Onwards」が6月24日から9月1日まで、Foam(アムステルダム写真美術館)で開催される。6月23日のオフィシャルオープニングには、コンスタンタイン王子夫妻も列席。大勢の関係者とメディアが集まり大盛況だった。 数週間前、彼の2作目の映画「ラスト・ターゲット」(原題:ジ・アメリカン。7月2日よりロードショー)についての話を聞くために彼に会った。その時のことは、阪急コミュニケーションズから出版されている雑誌「PEN」(7月15日発売号)の超・仕事人というページで紹介している。 「ラスト・ターゲット」のことは、別にゆっくりと紹介するとして、今回は写真展のオープニングの時の様子を少し。今回の展示は、コービンをインスパイヤーした、クリエーティブなスピリットと独自のビジョンで活躍するアーティストや著名人のポートレートを集めている。「模索しながらも、自分の写真が次の段階へ進んだと感じている」と、取材の時に語っていた。 写真は、そのオープニングの様子。

Vincent van Gogh 4 (from update-NL)

    取材旅行を終えて 先走る想像力にブレーキをかけながら、アルル、サン・レミ、オーヴェール・シュル・オワーズ、そしてオランダのゆかりの地を巡った。 なかでも一番印象に残ったのは、終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズだった。

Vincent van Gogh 2 (from update-NL)

900通の書簡が明かにした、ファン・ゴッホの芸術観 レオ・ヤンセン: 私を含めて3人の研究者が、フルタイムで15年間、ファン・ゴッホと交わされたもの、ファン・ゴッホについての記述がある合計900通を超える書簡を研究し、昨年全6巻の書簡全集と研究用のウェブ・サイトにまとめました。

ウィム・クロウェル

私は、デザインとアートは別世界だと考えていますこのふたつの世界は、融合させないほうがいい(ウィム・クロウェル) ウィム・クロウェル(1928~2019)は、戦後のオランダで最も重要なグラフィック・デザイナー、タイポグラファーである。 1963年、創設者のひとりとして、この国初のデザイン・プロダクション「トータル・デザイン」を設立したクロウェル。郵便局やKLMのロゴ、スキポール空港のサイネージの他、美術館のポスターデザインでも多くの名作を残した。それらの作品に共通しているのは、半世紀以上前に作られたものとは思えない斬新な輝きを放ち続けていること。今もなお、世界中のモダニストの感性を刺激し続けている。 昨年の秋に発表された「ファン・ゴッホ書簡全集」は、ゴッホ研究の集大成として話題を集めた。手紙、絵、スケッチ、そして翻訳など、多様な学術的要素が詰まった複雑な構成だが、これをわかりやすく簡潔に整理して、知的な印象のデザインを与えたのはクラウェルだった。 この本のデザインを含むこれまでの仕事のこと、そして彼のデザイン観などについて話を伺った。 読者がロジカルに情報処理するための、ルールをデザインする 以下C=クロウェル、Y=ユイ Y:ファン・ゴッホの書簡全集は、研究者たちが15年に渡る研究の集大成として出版された本ですが、デザインにはどのくらいの年月を費やしましたか? C:最初の打ち合わせから完成まで約2年半です。この本は、構成要素が多いことからタイポグラフィが非常に複雑でした。ゴッホが交わした手紙、手紙に描かれたスケッチや実際に描かれた絵画、交流のあった芸術家の作品や、彼らが第三者とやりとりした手紙。そして同時代の芸術家の作品などです。わかりやすいシステムをつくるのが、一番難しかった点です。実際に作業をする複数のデザイナーたちが、同じ条件でレイアウトをつくれるようにするルールも必要でした。絵をページに配置するのはとても感覚的な作業で、人それぞれのフィーリングで大きく左右されますからね。簡潔に、シンプルにものを見せるというのは、実はとても複雑な作業です(笑)。 Y:デザインの特徴は? C:読者がロジカルに情報処理できるようにするためのルールも、たくさんつくりました。たとえば、書簡は全て実物大で掲載。そこにスケッチが描かれていたら、その完成作品である絵画を隣ページに掲載する、などです。ゴッホは手紙の中で、自分の絵についての考えや気持ちをたくさん説明しているので、それらを完成作品と並べて見ることで理解は一層深まります。そしてひとつの書簡で触れている作品は、全て切手サイズで掲載しました。繰り返しになることは多かったですが、読者が該当する絵を、ページを前後させながら探す必要がないようにしたのです。 Y:このプロジェクトを終えて、ファン・ゴッホの全てを知り尽くしたのでは? C:知り尽くしましたね。でももうこれ以上知らなくていい(笑)。彼は、それはそれは難しい人だったでしょうね(笑)。自己中心的で。ゴッホというと情熱の画家と言う印象がありますが、実はとても計算高い人物でした。 この本は、ゴッホとの間にかわされた900以上の手紙すべてを、一文字も逃さず研究した集大成です。翻訳も非常に正確です。研究者たちも「ゴッホの書簡に関して、これ以上完成度の高い研究がなされることはないだろう」と言っていますが、まさに究極のゴッホ研究書といえるでしょうね。 システマティックなデザインが、好きだ Y:あたなはグラフィックデザインによって、煩雑で大量の情報にルールを生み出すのが得意ですよね。以前は電話帳のタイポグラフィも手がけていましたね。 C:その通り。内容が複雑で煩雑になるほどやる気が湧きましたね。フィーリング重視のタイポグラフィを好むデザイナーもいますが、私はシステマティックなものが好きです。私の資質が、そういったものに向いているのでしょうね。 仕事では、ポスターデザインや展覧会のキューレーションなどの方がメインで、このような難解なタイポグラフィの仕事はその合間に手がけていました。いい刺激になりましたね。異なるタイプの仕事は、お互いの領域を触発し合いますからね。 ポスターのデザインでも、私はまずシステムを考えていました。グリッドも好んで使いましたね。ファン・アベ美術館のポスターを継続的に手がけていた時には、展示作品から受けたインスピレーションをタイポグラフィに置き換えて表現することが多かったのですが、それらはいつも構造的で建築的でした。「LEGER」のポスターも、この画家のある時期の特徴だった黒い縁取りのようなラインからインスピレーションを得ています。 C:私は、1950年代に一世を風靡したスイスのタイポグラフィから大きな影響を受けました。システマティックなスタイルで、視認性が高く、客観的、数学的、構築的なアプローチが特徴です。特に、マックス・ビル、ヨゼフ・ミューラー・ブロックマン、エミール・ルーダーらには強い感銘を受けましたね。 スイスタイポグラフィーの代表的な書体「アクチデンツ・グロテスク」を初めて見た時には、心から感動しました。 タイポグラフィは時代によって大きく変化します。最近は、私が好んだシステマティックなスタイルは背景に押しやられていますね。今はフィーリング重視の時代です。 しかし、昔のようにひとつの時代を強烈に制覇するような大ムーブメントは生まれにくくなっているので、以前のスタイルも早い周期で戻ってくるでしょう。 このスパンの短さこそ現代の特徴です。メディアも速いスピードで多様化し、次々と新しいものが生まれていく。若いデザイナーには本当に大変な時代だと思いますよ。けれども、羨ましくもある。テクノロジーには、私もとても興味がありますからね。最先端のテクノロジーを使うのは、本当にエキサイティングなことだろうと思います。 1967年、私は当時の最先端だったデジタル植字機のための「ニュー・アルファベット」というタイプ・フェイスをデザインしました。デジタル植字機の技術の限界をコンセプトに据えてデザインした実験的なものです。同僚たちはみな、「機械の短所を補うタイプ・フェイスなんて愚かだ」と批判しましたが、このレベルの機械と今後数十年つきあっていかなければならないと考えれば、専用のタイプフェイスがあってもいいじゃないかと思いました。 デジタル植字機はうまく弧を描けないので、このタイプ・フェイスは水平、垂直、そして45度のラインだけで構成されています。そして横並び同様、縦に並べても美しく見えるように文字幅も統一しました。とは言っても、実験的なデザインでしたから、決して読みやすいものではありません。その後更に改良もしましたが、植字の技術自体が発達していったことから、「ニュー・アルファベット」が実用化されることはありませんでした。 でもこれが90年代になると再び注目を浴びはじめたんですよ。イギリスの音楽雑誌で使われたり、「ジョイ・ディビジョン」というイギリスのグループがレコードジャケットに使ったりしてね。若いモダニストたちの目には、時代遅れの機械のための文字が「クール」にうつったんです(笑)。驚きましたね。同時にとても面白い現象だと思いました。 デザインとアートは、融合しないほうがいい Y:近年、デザインとアートとの融合がひとつの論点になっていますが、それについてのあなたの意見は? C:私は、デザインとアートはまったく異なる別世界だと考えています。もちろん共通する部分はありますから、お互いを刺激しあうのは結構。しかしそれを融合させていくことには賛成できない。デザインとはある目的を達成するためのもの。そしてアートは、アーティストの存在の源で自身に問いかけながら制作していくもの。アートの分野で活躍しようとするデザイナーを見ると、「デザイン」では自分の力を出し切れないのだろうか、何か不足があるのだろうか、と疑問を感じてしまうんですよ。このことについては、私も多くの同僚たちと論議しました。反対の意見が多いことも承知していますし、それは尊重しています。でも私は、2つの世界は別々に存在している方がよいと思いますね。 Y:今はどのようなお仕事を手がけていらっしゃいますか? C:リートフェルトの本のデザインを手がけています。今年の末には発表されるでしょう。この仕事を最後に、現役を引退しようと思っていますよ、少しのんびりもしたいしね(笑)。 Y:モダニストのあなたが最後に手がけるのがリートフェルトとは、とても象徴的な気がします。完成を楽しみにしています。ありがとうございました。 portrait photo by kiyomi yui 2019年9月19日、クロウェル氏は逝去されました。この記事は、2010年4月に投稿したものです。