By frog

2月のストライキ(ナチス時代のアムステルダム)

2月のストライキ =ナチス時代のアムステルダム= 2月25日の11:00、アムステルダム中のトラムが1分間止まった。 車内放送からは、ファン・デル・ラーンアムステルダム市長の声。 「1941年2月25日火曜日の朝、トラムは走っていませんでした。乗務員たちは(ドイツ占領軍による)街の同胞であるユダヤ人迫害に対する抗議の意の表明としてストライキをしたのです。約1万人のアムステルダム市民が<2月のストライキ>に参加しました」 そしてこの1分間の停車が追悼のためであり、「2月のストライキ」が人のために立ち上がるという行為の象徴として街の歴史に刻まれていることを説明。同日16:30から、ヨーナス・ダニエル・メイヤー広場でこの記念式典を執り行うことも告知した。 同胞のために奮起した、アムステルダム市民 1941年2月のこの抗議運動には、公共交通機関の従業員や公務員、港の労働者たち、店員など約1万人が参加した。翌日にはヒルヴェルサムなどの他都市にも飛び火したが、大規模な抗議運動に驚いたドイツ軍はすぐにこれを武力で鎮圧。参加者には死者も出た上、多くの人々が投獄された。スト実施の中心人物も投獄され、後に処刑されている。 この抗議運動の直接の引き金となったのは、1941年2月22日と23日に起こった出来事だった。市内のユダヤ人地区にあるヨーナス・ダニエル・メイヤー広場に427人のユダヤ人男性が集められ、その家族らが抗議する中、ドイツ軍は彼らを強制収容所へと連行していった。これに怒った市民たちが決起したのが「2月のストライキ」である。ナチス占領下のヨーロッパで、公に実施された唯一の大規模デモとなった。 毎年2月25日にはこの広場で記念式典が執り行われているが、75年という節目を迎えた今年は国王も臨席。ファン・デル・ラーン市長自ら式典の告知と広報に尽力した。 積極的にユダヤ人狩りに加担した、オランダ こうして、一度は街の同胞のために奮起したアムステルダムだが、その後は一変してユダヤ人狩りに加担する動きが広まっていく。 オランダでのユダヤ人逮捕率は、他の欧州諸国よりも高かった。ユダヤ人ひとりあたり7,50ギルダーの懸賞金をかけ、積極的かつ組織的に検挙していくオランダ人の協力的な態度を、ナチスは高く評価していた。ナチス占領下でこのようなシステムを導入していた国は他に例がなく、懸賞金と引き換えに逮捕されたユダヤ人の数は、1万人にも上ると推測されている(歴史家Ad van Liemptによる)かのアンネ・フランク一家も、このような動きの中で密告され逮捕されていったに違いない。 1944年の秋になると、懸賞金は40ギルダーに跳ね上がった。当時の7.50ギルダーは現在の約47ユーロ、40ギルダーは242.55ユーロに相当する。 「2月のストライキ」は、市長が言うように、他の人のために立ち上がる人道的行為の象徴であったと同時に、わずかな月日の間に街の空気を塗り替えた民意の豹変の証人でもある。 ストライキに参加した港湾労働者を象った記念碑がたつヨーナス・ダニエル・メイヤー広場には、近年2月22日、23日の強制連行の様子を記録した写真が常設されている。これらの写真は、本国への報告のためにナチスが撮影したもの。写真現像の発注を受けた市内の写真屋がこっそりとプリントしていたものが、現在に至るまで”迫害の歴史の証”として保管されていたのである(国営放送ドキュメンタリー「De stakende stad」より)。 © studio frog

Villa Augustus

オランダ南部のドルドレヒトという街にあるブティックホテル「ヴィラ・アウグストゥス」。 (写真をクリックして拡大して見てみてくださいね) 全37室のこのホテルは、1882年、貯水塔として建設され?た。 高さ33mの美しい建築は、国内に現存する貯水塔としては2番目に古いとか。 1965年に役目を終えた貯水塔は2007年、ヴィラ・アウグストゥスとして蘇った。 貯水塔を囲む美しい庭園の向こうには、有機栽培中心の食材を使ったレストランがある。 庭園で自家栽培している野菜も、「庭のサラダ」などとしてここでサーブ。 朝早くから芳ばしい香りをさせながら職人さんが丹精込めて焼き上げた自家製パンなど、とにかくなにもかもおいしい。普段はバタバタと暮らしていてあまり「食」と真剣に向き合っていない私だが、目の前の庭で採れたばかりのしっかりと味の濃い野菜を食べた時には、こんなに素敵なセッティングで自然の恵みを味わえる幸運に感謝!の気持ちが湧いたもの。 私が宿泊したのは去年の夏。 同室の友達を起こさないように(結局は起こしてしまったけど)、静かに早起きして庭を散策。パンが焼き上がる様子を眺めながら朝食をいただき、館内のハイセンスなインテリアをゆっくりと見学した。 元貯水塔というインダストリアルな構造を上手に活かしたリノベも、その堅さとレトロ調のアレンジのさじ加減が抜群。どこか懐かしくて優しく、そしてほどよくかわいいディテールが、ゆったりと時間が流れる空間を演出していた。 最近は、有名デザイナーの腕前をダーン!と披露するような(見せつけられるような・・・)デザインホテルが増えているけれど、なんだか主張が強すぎて私はToo muchな印象を受けてしまうことが多い。けれどもこのホテルの内装は、居心地のよさに寄り添うようなデザインで「すごーく素敵」と感激しつつもホッとする感じ。良質なホスピタリティのデザインってこういうことかしら、、、と思った。 ん?でもこの感じ、どこかで見たことあるかも・・・? それもそのはず。ロッテルダムの名物デザインホテル「ホテル・ニューヨーク」と同じチームが改築デザインを手がけていた。(こちらも非常に素敵なホテル&レストラン) ホテル内には庭園で栽培された野菜、自家製パンの他、デザインプロダクトを販売しているかわいいマーケットもある。この敷地内から一歩も出なくても、数日のんびりと満喫できそう。 というわけで、今年も庭園の草花が咲き乱れるシーズンに泊まりに行きたいな。 できれば家族と一緒に・・・ファミリールームもあったし・・・ (協力:オランダ政府観光局)

アムステルダム上空を横切る黒い雲

最近、早朝と夕方になるとけたたましく頭上を横切る黒い雲。ホシムクドリの大群だ。年中みかける鳥だけれど、渡り鳥らしい。 餌を食べに来るのか、渡りの準備をしているのか、とにかく1日に2回巨大な生物のように、アムステルダムの上空を駆け抜ける。デンマークでは、「黒い太陽」とも言われるホシムクドリの大群。時に素早く、時にゆらゆら浮遊するように方向転換しながら空を動き回る様子は幻想的。 だが、しかし・・・・彼らが飛び去った後は、そこら中がフンだらけになるし、中庭を囲む集合住宅の最上階の我が家では、定期的に鳥の死骸がベランダにバタリと音を立てて落ちてくる。けっこう、困っている。 おまけに、ベランダにおいてあるバラの大鉢では、いつの間にか鳩が2つのタマゴを抱卵。このタマゴだけはOKとするが、今後はなんらかの対策をしなければ・・・と思う。 最近のアムステルダムでは、鳥害が深刻化しつつある。

再開・・・

夏休みを日本で過ごしていた間に引いた風邪を、ずるずると引きずってしまいました・・・

即位式を飾った花

2ヶ月前に世界を沸かせたオランダの即位式。「今更即位式の話題ですかー?」という声も聞こえてきそうですが・・・それでも!ちょっとだけ気分を戻してご報告。

ブリュッセル

6月27日、28日の2日間、EU首脳会議の舞台となっているベルギーの首都、ブリュッセル。

VIC’sの日

6月7日。夕方、そろそろ家に帰ろうと仕事場を出る頃、けたたましいサイレンの音が街中に鳴り響いた。救急車?パトカー?消防車?全部?どの車も、街の東に向かっている様子。これはきっと一大事に違いないと、急いで家にもどりテレビをつけてみたけれど、特報もなければ、ニュースもいたって普通・・・。サイレンの音は小一時間途切れることなく鳴り続けた。 そして夜10時前。ぐずぐず言う息子をベッドに入れて寝かせようとしていると、またしてもサイレンの音。今度は「ハーレルヤ」のメロディまで奏でている。なにごとかしら、とググってみると・・・これだった! 「子供動物パーティー」という毎年恒例のイベントで、長期間病気の子供たち、障害のある子供達とその家族だけに、夕方王立アルティス動物園を開放するという「VIC’sの日」だった。 VICとは、Very important childrenのこと。彼らは、病院や施設から、救急車や消防車、警察のパトカーなど、サイレンつきの車の送迎で動物園へと向かう。到着すると市長さんの歓迎の言葉を受け、ゆっくりと動物園を見学。そして、またサイレンの音と共に治療や療養が待つ施設へと戻っていく。昨年は1500人のVIC’sが招待され、彼らの家族を併せて5000人が初夏の夜の動物園を満喫したとのこと。 このイベントは、「子供動物パーティー」財団が中心となり、動物園、警察、消防署、救急センター、警察、保安隊、税関、軍隊、赤十字、救助隊、そしてアムステルダム市の協力でオーガナイズされている。 オランダだけではなく、世界各国で開催されているイベントだ、とHet Parool新聞にあった。今年で14回目と言うが、これまでその存在には気づかなかった。 財団のサイトによると、300以上の車両、約100艘の船、1400人のボランティア、22人のコーディネーターが参加。動物園付近の道路は一時閉鎖され、2路線のトラムも迂回した。 晴天の初夏の夜(と言っても、この時期10時ではまだ明るいのだけれど)、まるで子供の歓声のように街に鳴り響くサイレンの音が、闘病生活で外出もままならない多くの子供達の存在に心を向けさせてくれた。

即位式の日

もう1週間過ぎてしまったけれど・・・ 4月30日、アムステルダムで行われた即位式。

Rijksmuseum アムステルダム国立美術館 1 〜間もなくオープン〜

10年に渡る改築工事を終え、4月13日、アムステルダム国立美術館がいよいよリニューアルオープンする。先週のプレスプレビューでは、世界各国のメディアが一足先に館内を見学。欧州やアメリカを始め、アジア各国からもメディアも集まり、その関心の高さを伺わせた。美術館には、館長(上写真左から2番目)始め、コレクションの主任(上写真右から3番目)、美術館の建築家(右から2番目)、内装・展示設計者、文部大臣などが勢揃いし、インタビューに応えた。 アムステルダム国立美術館は、芸術を展示する美術館であるだけではなく、オランダの歴史を語る博物館でもある。そのため、展示は作品の種類別ではなく年代順に見せ、歴史の流れを体験できるように構成されていると、ウィム・パイベス館長は説明した。そして「国立美術館は、世界屈指のコレクションを誇る美術館です。世界各国から見に来てほしい。同時に、オランダ社会にとっては、自国の歴史を学ぶという役割も担っています。オランダ中の子供達には、我が国が誇る最高傑作レンブラントの<夜警>を少なくとも一度は見て欲しいと思っています」と、芸術教育に貢献していく意向を強調した。 館内の様子は、次回に続きます。

エシカルな木製自転車 Bough Bikes

ひとつお知らせです。 Think the Earthというすてきなサイトで、レポートを書かせて頂くことになりました。その第一弾として紹介させていただいたBough Bikesを、こちらでも紹介します。

劇場版ミッフィー

Miffy the Movie (c) Mercis bv / Telescreen Filmproductie. All rights reserved (c) 2012 Warner Bros.Ent. All rights reserved. 日本では「ミッフィー」の名で親しまれている、うさぎの「ナインチェ」。 グラフィックデザイナーのディック・ブルーナがこのナインチェを生み出してから、約60年が経つ。

キンデルダイクにて

26日の土曜日。記録的な寒波が、去って行ってしまった。 25日まで約2週間にわたって氷点下が続き、全国的に運河がしっかりと凍った。 ニュースは「寒波襲来」と報道するけれど、「寒波来訪」と歓迎する人も多い。

ヨリス・ライエンダイクの金融の話

ヨリス・ライエンダイクの金融の話 この元旦、ひじょうに興味深いドキュメンタリーを見た。 ヨリス・ライエンダイクというオランダ人ジャーナリストが案内役をつとめる、「バンカーの脳」というドキュメンタリーだ。ライエンダイクは大好きなジャーナリストの一人。アラビア語や宗教人類学を学び、しばらく中東の特派員をつとめていた。彼の著書「こうして世界は誤解する」は、日本語訳も出ている。 現在はベースをロンドンに移し、ガーディアン紙で「THE JORIS LUYENDIJK BANKINGBLOG」というユニークな金融のブログを書いている。「僕は金融経済の素人。だから読者と一緒にその世界を掘り下げていく過程をブログで紹介する」というのがコンセプト。すでに1年半書き進められているこのブログでは、金融業に携わる人々や、かつてその業界で活躍していた人々の(匿名)インタビューなどが多く紹介され、閉鎖的な業界の内情を垣間見ることのできる斬新なジャーナルとして脚光を浴びている。 番組の中では、金融業界での体験談を暴露する元バンカーの作家、かつてゴールドマン・サックスやドイチェバンクで働いていた金融業専門の脳神経学者、ロンドンでマネージャークラスのバンカーたちをクライアントとする心理カウンセラーも出演し、バンカーという特殊な”人種”やそのメンタリティー、業界カルチャーを描き出している。 先頃イギリス政府の銀行制度改革案に関する報告書を発表したイギリス議会の銀行規範委員会は、ボルカー元米FRB議長はじめ多くの証人を招待して情報を収集した。ライエンダイクも、ブログが評価されて「異なるアングルから銀行業界をみる人類学者、ジャーナリスト」として招待され、興味深い見解を述べた。 番組の中では、ロンドンの取引市場で活躍するバンカーのトップに精神病質の人の割合が高いことにも言及している。大量のテストステロンを分泌する勝負師的な体質の人に適性がある業種。仕事の形態や業界のカルチャーからその特徴は暴走し、しまいには根拠のない万能感で尋常でないリスクを伴う取引をするケースが日常茶飯事だという。ライエンダイクは、「自分が神として機能していると心から信じているトップも多い。そして世界中の人々が”この僕”になりたいと願っているという優越感を持っている」と、これまでにインタビューをしてきた人々の言葉を思い浮かべるように語った。ちょっとびっくりな見解と思ったけれど、銀行規範委員会のメンバーもこのメンタリティーには着目していて、その原因や背景についてライエンダイクの意見を求めていた。 「経済危機から5年たった今でも、その被害はまだ把握しきれていない。奇妙なのは、この危機を巻き起こした当事者たちについて、我々はほとんど何も知らないということだ。そこで、ヨリス・ライエンダイクを案内役に、世界金融の心臓部”ロンドン・シティー”を探索してみよう」という出だしで番組は始まる。 そして「法則を破るバンカーがいることは問題だ。だが最大の問題は、その法則自体にある。普通に考えれば、2008年にあれだけの世界不況を巻き起こした当事者たちは、牢獄に繋がれてしかるべき。だが誰も裁かれてはいないということは、彼らが従っている法則自体が間違っていると考えるしかない」と、業界の問題を指摘。個々のバンカーたちの「勝負」や「スリル」に対する中毒的な欲求が業界全体を動かす業界のカルチャーについては「敵を殺せば大きな報酬が得られ、その過程で間違って一般市民を殺してしまっても、”大丈夫、他の誰かがケアしてくれる”程度に考える異常な軍隊のよう。敵地一面に手榴弾をカーペットのように敷き詰めることも厭わない・・<中略>・・・地獄のないカトリシズムに似ている(銀行規範委員会のインタビューのビデオより)」とライエンダイクは強い言葉で描写する。 「精神病質のトップバンカーたちが、考えればあまりにも危険すぎるとわかっていたリスクをおかし、その結果経済が破綻した。世界中で甚大な被害を出したにもかかわらず、当事者のバンカーたちは、今でも自分の利益を追求し、スリリングな取引市場の最先端で活躍している(あるいは自殺している)・・・・」 金融音痴の私にはあまりにも衝撃的な内容だったのだが、業界の人たちはどう見ただろう?それも気になるところだ。 とにかく私は知識が乏しすぎてライエンダイクの洞察を消化しきれてはいないのだけれど、これを機会にもう少し経済について学んでみようと思う。 photo (c) studio frog

秋・・

アムステル川沿いの街並み。 シンタクラースのパレードを見た帰り道に見た、はっと心をひく絵画的な光・・・・・

DJ王国オランダ

(c)BETRIBES 10月17日、世界最大のダンスイベント「アムステルダム・ダンス・イベント」が幕を開けた。

カミングアウトデー

毎年10月11日は、カミングアウトデー。 カミングアウトとは、LGBTがその性的指向を周囲に表明すること。 カミングアウトデーはそんな人々を祝福する日で、1988年にアメリカで生まれた記念日だ。 オランダでも、2009年から様々なキャンペーンが展開されるようになった。

シェル裁判

10月11日、デンハーグで、注目の裁判が開かれた。 ナイジェリアの4人の農民が、環境汚染を引き起こしたとしてロイヤルダッチシェル社を訴え、賠償金と汚染域一帯の洗浄を要求した。

400 women フェミサイド犠牲者のポートレート展=from update NL=

アムステルダムの外れにある砂糖工場の跡地で、「400women」という絵画展が開催されていた。 175人の若い女性たちのポートレート画を集めたこの展覧会は、イギリスのアーティスト、タムシン・チャレンジャーさんが企画。彼女の呼びかけに応えた多くのアーティストが参加したプロジェクトだ。 描かれた女性のほとんどはメキシコ人だが、オランダ人もひとりいる。唯一のヨーロッパ人だ。皆、メキシコ北部の工業都市シウダー・フアレスで殺害された女性たち、フェミサイドの被害者である。 砂漠に囲まれたシウダー・フアレスはチワワ州最大の都市で、アメリカとの国境に近い。 戦争紛争地域を除けば、今「世界で最も危険な都市」と言われているらしい。 この街では、日々多数の強姦虐殺事件が起こっているが、犯人検挙率はわずか2〜3%。過去14年で約1000件強の被害が登録されているが、この数字は氷山の一角にに過ぎず、正確な件数は把握されていないと言う。 最近では、遺体が発見されずに行方不明になるケースが多く、警察による捜査は始まりすらしない。被害者の年齢は年々下がっていて、13〜18才の少女が主なターゲットだ。 この検挙率の異常な低さはすなわち、犯罪組織の力の強さでもある。 街は、巨大な犯罪組織であるドラッグカルテルに支配された無法地帯。男性優位のマッチョ文化や根強い貧困から、残虐な性犯罪はあとをたたない。警察や被害者の遺族たちが、誰が犯人かを知っているケースも少なくないらしい。犯人が無罪釈放されたことに抗議した被害者の母親が白昼堂々裁判所の前で射殺されるなど、街全体が全く機能しない法とともに泣き寝入りしている。 多くのケースでは、被害者の女性達は極めて残虐な方法で殺害され、遺体は砂漠に、まるでごみのように捨てられる。 このポートレート展は、そんなシウダー・フアレスの状況に対する抗議声明として企画された。 アーティストたちは、被害者たちの生前の写真を入手し、遺体が発見された場所や状況などに関する情報を集めて制作に臨んだ。一被害者というアノニマスな存在だった女性たちに顔を名前を与え、このあり得ない状況を広く世界に知らしめるのが狙いである。 描かれている少女達の中には、3才、5才、7才といった子供もいる。 唯一のヨーロッパ人被害者、オランダ人のヘスター・ファン・ニーロプさん(当時27才)は、1998年、ホテルの一室で強姦され殺害された。 ヘスターさんのポートレート。モノクロで直線的な構図は、ヘスターさんが建築家であったことを象徴している オランダでは、へスターさんの被害が繰り返し報道されていたことから、シウダー・フアレスの惨状について知る人は比較的多い。とは言うものの、真の実状は平和なオランダからは想像も及ばず、小さな少女を含む大勢の被害者を前に、訪れた人々は絶句した。 この展覧会は、オランダに先駆けイギリスでも開催され、大反響を呼んでいた。 続く

ワールドプレスフォト 2012 (from update NL)

  前年度に撮影された報道写真を対象に行われる、ワールドプレスフォトコンテスト。 その受賞作品を公開する恒例の展覧会が、4月20日、旧市街にある旧教会で幕を開けた。 今年で55回目を迎える同コンテストは、1955年にアムステルダムで発足した「ワールドプレスフォト財団」が運営している。

(c) Rijksmuseum Amsterdam

「手紙を読む青衣の女」の修復

昨年の6月から今年3月14日まで日本に貸し出されていたフェルメールの名作「手紙を読む青衣の女」が、アムステルダム国立美術館の展示会場に戻ってきた。 2010年に1年がかりの大修復を行ったこの名作はその直後に日本に貸し出されており、オランダでは修復後初めての展示となる。

水泳検定 (from update NL)

水泳検定 3月X日 もうすぐ8才になる息子が、水泳検定を受けた。 必ず合格するレベルに達した子供だけを対象にした検定なので、よほどのことがなければ不合格はない。しかしそんな裏事情は知らない子供達は、みな緊張の面持ちだ。 オランダでは、小学生のうちに少なくとも水泳検定Aを取ることを強く推奨している。数年前までは、水泳検定に受かることは小学校卒業の条件のひとつとされていて、水泳は授業の一環だった。だが予算削減のあおりで、今では親が(ほぼ強制に近いが)任意で教室に通わせている。 検定にはA、B、Cとあり、息子が受けたA検定は、最初のステップ。着衣水泳で飛び込み、15秒以上立ち泳ぎ、12,5m以上平泳ぎと背泳ぎができること、水着では50m平泳ぎと背泳ぎができること、潜水ができること、などなどが課題だ。 他国での水泳教育の実態はわからないが、オランダの水泳教室の最大の目的のひとつは水難事故防止だ。子供達は、泳ぐ練習だけではなく、不意に水に落ちてしまった時の対処も学ぶ。運河や湖が多いオランダならではだ。例えば、プールサイドから張り出した特殊ウレタンマットの上を目をつぶって歩いたり、でんぐり返しをして水中に落ちた後、慌てずに、まずは仰向けに浮かぶように教わる。そして、水中で無駄に体力を消耗しないように、足げりだけで方向を変えながら、一番近い岸がどこかを見極めることも習う。着衣水泳も必須。膝丈よりも長いズボンかスカート、シャツ、そして靴を履いて泳ぐ練習は、ほぼ毎月行われていた。 真剣な顔で一生懸命泳ぐ検定Aの子供達だが、泳ぎ方はそれほどかっこよくない。「きれいに泳ぐ」ことを教わっていないからだ。それでも、足のつかない25mプールを難なく往復する。 先生が父兄に向かって、「A検定では水の中での基本的な動きをマスターしますが、実際の水難事故での実践性や泳ぐ能力はまだ十分ではありあせん。ここで満足してしまわずに、是非ともB検定も取得するよう指導してください」と呼びかけた。実際、多くの小学生が、検定Bまで取得している。 子供達に「ギブ・ミー・ファイブ!」と言いながら、免状を配る先生。この水泳検定試験は家族にとっても大切なイベントとあって、両親や子供の兄弟姉妹のほか、たくさんのおじいちゃんとおばあちゃんも応援に駆けつけていた。検定後の更衣室は、「お祝いにケーキを買って帰ろう」とか、検定を見に来れなかったおじいちゃんやおばあちゃんに「免状を見せに行こう!」など、お祝いの空気で盛り上がっていた。 photo © studio frog

北朝鮮レストラン (from update NL)

この冬、アムステルダムに、ヨーロッパ唯一の北朝鮮レストランがオープンした。店名は「ピョンヤン」。 レストランだけではなく、北朝鮮の映画を上映したり、北朝鮮への旅行の手配もするなど「北朝鮮文化センター」の役割も担っている。

Ajax-AZ  (from updateNL)

1月19日 アムステルダムのサッカーチームアヤックス対アルクマールのチームAZの、特別な一戦がアヤックススタジアムで開催された。 なにが特別だったのか・・。 それは観戦できるのが、小学生と引率者だけに限定されていたからだ。 警備の事情から、スタジアムは半分のみ使用したが、2万人の子供が一斉に叫ぶ様子は壮観。いつもの試合とは異なる無邪気な活気で溢れていた。

Woudagemaal (from update-NL)

この数日、オランダは大雨と強風に見舞われた。特に国土北部の北ホランド州、フリースランド州、そしてフローニンゲン州では、時速100kmにも達する強風とともに豪雨が続き、湖川の水位も大幅に上昇。その水位は過去14年間最高を記録し、各地で堤防の決壊、破堤が危惧された。

Maastricht- Onze Lieve Vrouwebasiliek (from update-NL)

  オランダ最南の街マーストリヒトにある「聖母マリア教会」は、 この国で最も美しい教会のひとつで、有名な聖母マリア像がある。 海の守護神と言われ、このマリアに祈りを捧げると、争い事が仲裁されるという言い伝えがある。

Noordwijk (from update-NL)

< div class=”style_SkipStroke_4 shape-with-text flowDefining”> < div class=”text-content style_External_604_499″> オランダでは(オランダだけではないだろうけれど)12月25日を第一クリスマスデー、26日を第二クリスマスデーと言う。 ある統計によるとクリスマスは、最も多くのオランダ人が「自分は幸せだ」と感じる日なのだそうだ。

孤独な葬儀 (from update-NL)

アムステルダムには、「孤独な葬儀」という詩人集団がある。芸術家であり詩人であるF・Starik(F・スターリック。写真)が2002年に創立したものだ。

Aonton Corbijn – Inwards and Onwards (from updateNL)

最近では、映画監督としても活躍しているアントン・コービン。その久しぶりの写真展「Inwards and Onwards」が6月24日から9月1日まで、Foam(アムステルダム写真美術館)で開催される。6月23日のオフィシャルオープニングには、コンスタンタイン王子夫妻も列席。大勢の関係者とメディアが集まり大盛況だった。 数週間前、彼の2作目の映画「ラスト・ターゲット」(原題:ジ・アメリカン。7月2日よりロードショー)についての話を聞くために彼に会った。その時のことは、阪急コミュニケーションズから出版されている雑誌「PEN」(7月15日発売号)の超・仕事人というページで紹介している。 「ラスト・ターゲット」のことは、別にゆっくりと紹介するとして、今回は写真展のオープニングの時の様子を少し。今回の展示は、コービンをインスパイヤーした、クリエーティブなスピリットと独自のビジョンで活躍するアーティストや著名人のポートレートを集めている。「模索しながらも、自分の写真が次の段階へ進んだと感じている」と、取材の時に語っていた。 写真は、そのオープニングの様子。

The empty chair by Maarten Baas (from updateNL)

6月6日、デン・ハーグのランゲ・フォールハウトで、中国のアーティストたちの作品を集めた展覧会「空の下のデン・ハーグ」(Den Haag onder de Hemel)がその幕を開けた。

schiermonnikoog 渡り鳥と光害2 (from updateNL)

毎年、約6000万羽、約120種類の渡り鳥が、北海上空を通過するという。 多くの鳥たちにとって、ワデン海周辺は大切な中継地点。 シベリアやスカンジナビア半島と越冬地のヨーロッパやアフリカとの間を渡る途中、 ワデン海の島々で休養し、栄養補給をする。

schermonnikoog 渡り鳥と光害1 (from updateNL)

オランダ国土の北部には、「ワデン諸島」と呼ばれる5つの島が並んでいる。 Schiermonnikoog島(スヒールモニクオーホ)もそのひとつ。 島の大部分が国立公園で、オランダ本土からは船で約45分。 島民以外は島に車を持ち込めない。 長さ17km、幅4km、人口約1000人。 観光が主産業の、小さな島だ。

Vincent van Gogh 4 (from update-NL)

    取材旅行を終えて 先走る想像力にブレーキをかけながら、アルル、サン・レミ、オーヴェール・シュル・オワーズ、そしてオランダのゆかりの地を巡った。 なかでも一番印象に残ったのは、終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズだった。

Vincent van Gogh 2 (from update-NL)

900通の書簡が明かにした、ファン・ゴッホの芸術観 レオ・ヤンセン: 私を含めて3人の研究者が、フルタイムで15年間、ファン・ゴッホと交わされたもの、ファン・ゴッホについての記述がある合計900通を超える書簡を研究し、昨年全6巻の書簡全集と研究用のウェブ・サイトにまとめました。

ウィム・クロウェル

私は、デザインとアートは別世界だと考えていますこのふたつの世界は、融合させないほうがいい(ウィム・クロウェル) ウィム・クロウェル(1928~2019)は、戦後のオランダで最も重要なグラフィック・デザイナー、タイポグラファーである。 1963年、創設者のひとりとして、この国初のデザイン・プロダクション「トータル・デザイン」を設立したクロウェル。郵便局やKLMのロゴ、スキポール空港のサイネージの他、美術館のポスターデザインでも多くの名作を残した。それらの作品に共通しているのは、半世紀以上前に作られたものとは思えない斬新な輝きを放ち続けていること。今もなお、世界中のモダニストの感性を刺激し続けている。 昨年の秋に発表された「ファン・ゴッホ書簡全集」は、ゴッホ研究の集大成として話題を集めた。手紙、絵、スケッチ、そして翻訳など、多様な学術的要素が詰まった複雑な構成だが、これをわかりやすく簡潔に整理して、知的な印象のデザインを与えたのはクラウェルだった。 この本のデザインを含むこれまでの仕事のこと、そして彼のデザイン観などについて話を伺った。 読者がロジカルに情報処理するための、ルールをデザインする 以下C=クロウェル、Y=ユイ Y:ファン・ゴッホの書簡全集は、研究者たちが15年に渡る研究の集大成として出版された本ですが、デザインにはどのくらいの年月を費やしましたか? C:最初の打ち合わせから完成まで約2年半です。この本は、構成要素が多いことからタイポグラフィが非常に複雑でした。ゴッホが交わした手紙、手紙に描かれたスケッチや実際に描かれた絵画、交流のあった芸術家の作品や、彼らが第三者とやりとりした手紙。そして同時代の芸術家の作品などです。わかりやすいシステムをつくるのが、一番難しかった点です。実際に作業をする複数のデザイナーたちが、同じ条件でレイアウトをつくれるようにするルールも必要でした。絵をページに配置するのはとても感覚的な作業で、人それぞれのフィーリングで大きく左右されますからね。簡潔に、シンプルにものを見せるというのは、実はとても複雑な作業です(笑)。 Y:デザインの特徴は? C:読者がロジカルに情報処理できるようにするためのルールも、たくさんつくりました。たとえば、書簡は全て実物大で掲載。そこにスケッチが描かれていたら、その完成作品である絵画を隣ページに掲載する、などです。ゴッホは手紙の中で、自分の絵についての考えや気持ちをたくさん説明しているので、それらを完成作品と並べて見ることで理解は一層深まります。そしてひとつの書簡で触れている作品は、全て切手サイズで掲載しました。繰り返しになることは多かったですが、読者が該当する絵を、ページを前後させながら探す必要がないようにしたのです。 Y:このプロジェクトを終えて、ファン・ゴッホの全てを知り尽くしたのでは? C:知り尽くしましたね。でももうこれ以上知らなくていい(笑)。彼は、それはそれは難しい人だったでしょうね(笑)。自己中心的で。ゴッホというと情熱の画家と言う印象がありますが、実はとても計算高い人物でした。 この本は、ゴッホとの間にかわされた900以上の手紙すべてを、一文字も逃さず研究した集大成です。翻訳も非常に正確です。研究者たちも「ゴッホの書簡に関して、これ以上完成度の高い研究がなされることはないだろう」と言っていますが、まさに究極のゴッホ研究書といえるでしょうね。 システマティックなデザインが、好きだ Y:あたなはグラフィックデザインによって、煩雑で大量の情報にルールを生み出すのが得意ですよね。以前は電話帳のタイポグラフィも手がけていましたね。 C:その通り。内容が複雑で煩雑になるほどやる気が湧きましたね。フィーリング重視のタイポグラフィを好むデザイナーもいますが、私はシステマティックなものが好きです。私の資質が、そういったものに向いているのでしょうね。 仕事では、ポスターデザインや展覧会のキューレーションなどの方がメインで、このような難解なタイポグラフィの仕事はその合間に手がけていました。いい刺激になりましたね。異なるタイプの仕事は、お互いの領域を触発し合いますからね。 ポスターのデザインでも、私はまずシステムを考えていました。グリッドも好んで使いましたね。ファン・アベ美術館のポスターを継続的に手がけていた時には、展示作品から受けたインスピレーションをタイポグラフィに置き換えて表現することが多かったのですが、それらはいつも構造的で建築的でした。「LEGER」のポスターも、この画家のある時期の特徴だった黒い縁取りのようなラインからインスピレーションを得ています。 C:私は、1950年代に一世を風靡したスイスのタイポグラフィから大きな影響を受けました。システマティックなスタイルで、視認性が高く、客観的、数学的、構築的なアプローチが特徴です。特に、マックス・ビル、ヨゼフ・ミューラー・ブロックマン、エミール・ルーダーらには強い感銘を受けましたね。 スイスタイポグラフィーの代表的な書体「アクチデンツ・グロテスク」を初めて見た時には、心から感動しました。 タイポグラフィは時代によって大きく変化します。最近は、私が好んだシステマティックなスタイルは背景に押しやられていますね。今はフィーリング重視の時代です。 しかし、昔のようにひとつの時代を強烈に制覇するような大ムーブメントは生まれにくくなっているので、以前のスタイルも早い周期で戻ってくるでしょう。 このスパンの短さこそ現代の特徴です。メディアも速いスピードで多様化し、次々と新しいものが生まれていく。若いデザイナーには本当に大変な時代だと思いますよ。けれども、羨ましくもある。テクノロジーには、私もとても興味がありますからね。最先端のテクノロジーを使うのは、本当にエキサイティングなことだろうと思います。 1967年、私は当時の最先端だったデジタル植字機のための「ニュー・アルファベット」というタイプ・フェイスをデザインしました。デジタル植字機の技術の限界をコンセプトに据えてデザインした実験的なものです。同僚たちはみな、「機械の短所を補うタイプ・フェイスなんて愚かだ」と批判しましたが、このレベルの機械と今後数十年つきあっていかなければならないと考えれば、専用のタイプフェイスがあってもいいじゃないかと思いました。 デジタル植字機はうまく弧を描けないので、このタイプ・フェイスは水平、垂直、そして45度のラインだけで構成されています。そして横並び同様、縦に並べても美しく見えるように文字幅も統一しました。とは言っても、実験的なデザインでしたから、決して読みやすいものではありません。その後更に改良もしましたが、植字の技術自体が発達していったことから、「ニュー・アルファベット」が実用化されることはありませんでした。 でもこれが90年代になると再び注目を浴びはじめたんですよ。イギリスの音楽雑誌で使われたり、「ジョイ・ディビジョン」というイギリスのグループがレコードジャケットに使ったりしてね。若いモダニストたちの目には、時代遅れの機械のための文字が「クール」にうつったんです(笑)。驚きましたね。同時にとても面白い現象だと思いました。 デザインとアートは、融合しないほうがいい Y:近年、デザインとアートとの融合がひとつの論点になっていますが、それについてのあなたの意見は? C:私は、デザインとアートはまったく異なる別世界だと考えています。もちろん共通する部分はありますから、お互いを刺激しあうのは結構。しかしそれを融合させていくことには賛成できない。デザインとはある目的を達成するためのもの。そしてアートは、アーティストの存在の源で自身に問いかけながら制作していくもの。アートの分野で活躍しようとするデザイナーを見ると、「デザイン」では自分の力を出し切れないのだろうか、何か不足があるのだろうか、と疑問を感じてしまうんですよ。このことについては、私も多くの同僚たちと論議しました。反対の意見が多いことも承知していますし、それは尊重しています。でも私は、2つの世界は別々に存在している方がよいと思いますね。 Y:今はどのようなお仕事を手がけていらっしゃいますか? C:リートフェルトの本のデザインを手がけています。今年の末には発表されるでしょう。この仕事を最後に、現役を引退しようと思っていますよ、少しのんびりもしたいしね(笑)。 Y:モダニストのあなたが最後に手がけるのがリートフェルトとは、とても象徴的な気がします。完成を楽しみにしています。ありがとうございました。 portrait photo by kiyomi yui 2019年9月19日、クロウェル氏は逝去されました。この記事は、2010年4月に投稿したものです。

エリック・ケッセルス

「最近興味を持っているのは、緻密に計算された完璧なクリエーションばかりの世の中で、魅力的な間違いを探すこと。懸念していることは、社会の不寛容化」(エリック・ケッセルス) 「最近興味を持っているのは、緻密に計算された完璧なクリエーションばかりの世の中で、魅力的な間違いを探すこと。懸念していることは、社会の不寛容化」(エリック・ケッセルス)