By frog

世界一、市民に愛された市長

世界一市民に愛されたアムステルダム市長、エバーハード・ファン・デル・ラーンが末期癌のため辞任。市民に永遠の別れを告げる手紙を発表した。

Vincent van Goghの風景

去年の夏のことだけど、ゴッホの足跡を辿る取材旅行に参加させてもらった。 雑誌PENの2016年11月1日号「ゴッホ、君は誰?」という特集のため。

Polder landscape

ちょっと珍しめの鳥の写真を撮らなければならなくて、アムス市内の自然保護エリアをかけまわった日曜日の朝。

Villa Augustus

オランダ南部のドルドレヒトという街にあるブティックホテル「ヴィラ・アウグストゥス」。 (写真をクリックして拡大して見てみてくださいね)

MONO JAPAN

今日から2月7日まで、アムステルダムのデザインホテル「ロイドホテル」で、日本のデザイン、工芸、アートを展示するMONO JAPANというイベントが行われている。

運河の大掃除

2016年が、皆様にとってよい年となりますように! 今年もよろしくお願いいたします。 よい一年の幕開けに欠かせないのは年末の大掃除。 アムステルダムの運河でも、恒例の運河清掃が行われていました(写真は2015年12月15日に撮影したもの)

映画「みんなのアムステルダム国立美術館へ」に登場する仁王像のふるさと 2

<前ポスト> 古文書によれば、岩屋寺の創建は8世紀にまで遡ると言う。由緒ある真言宗の寺で、廃寺になっていなければ、少なくとも国の重要文化財にはなっていただろうと思わせる、険しくも美しい佇まいだ。アムステルダム国立美術館が「珠玉」と誇る立派な仁王像は、この寺の番人だった。(フォトギャラリーの終盤5枚に写っている木造の小屋が「仁王堂」) 映画の中で国立美術館学芸員のメノーさんは、仁王像の入手までの流れについて「なんだか曖昧で奇妙な話があった」と言葉を濁して多くを語っていない。 昭和40年代後半か50年前後、この2体の像は忽然と仁王堂から姿を消した。「昼間あんな大きなものを動かしていたら目立つから、夜中こっそりと持ち出されたんだよ」と言う地元の長老の話を聞いていると、なぜメノーさんがあんな風に言葉を濁すのかがわかった。なんともやるせない事情で、村のみんなが「国宝級」と崇めた仁王像は、二束三文で売却されてしまったらしい。つい最近になるまで、アムステルダムの美術館にあるなんて村の人たちは知らなかったよ、と長老。駅の待合室で話を聞かせてくれていた彼に、PCに入れておいた開眼式の時の写真をお見せする。「2体ともアムステルダムにあるのかい!?」と驚く彼に、国立美術館の目玉のひとつとして、来館者を喜ばせていると伝える。「仁王堂の中にあった時は、暗かったし、下から大きく見上げるようにしか姿を拝めなかったから、こんなにちゃんと全姿を見たのは初めてだよ。やっぱり立派だねぇ。返して欲しいねぇ。だが、ここに戻ってきても誰も管理はできないから、美術館で大切にされているのが一番いいんだろうねぇ」 その昔、あの寺は賑わっていた、と長老は振り返る。「お祭りの時には、本堂へ続く長い石段の両脇に出店がたって、そりゃあ賑やかで楽しかった」。その石段には今、空になった蜂の巣や、落ち葉が積もっていた。だが本堂の横には随分と新しいほうきがたてかけてあり、時々掃除に来ている人がいるようだった。 美術館には、世界中の宝が集まっている。けれども、時折「なぜここに?」と考えさせられてしまうものにも出くわす。この仁王像もそのひとつ。お金が動いて、美術品が流れる。シリアやアフガニスタンに行けば、無情に破壊されてしまう文化遺産がたくさんあることを思えば、芸術鑑賞を愛する先進国の美術館で大切に所蔵されるならラッキー、と言えるのかもしれない。 それでも、深い信仰の対象として畏れられてきた寺の番人が、まるで夜逃げのように姿を消し闇ルートを渡ってアムステルダムへやってきたかと思うと、腑に落ちないしやるせない気持ちになる。 とにもかくにも、この2体の仁王像にとっては、たくさんのドラマが詰まったアムステルダム国立美術館が、終の棲家なのである。 追伸運転手さんと二人で重装備で山に入ったが、幸いまむしにもスズメバチにも遭遇しなかった。運転手さんは同年代の女性。彼女のお父さんは岩屋寺の近くのご出身とのことで、ずっと電話を介して道案内をしてくださっていた。これまでにも随分と日本国内を旅行をしてきたつもりだけれど、岩屋寺周辺の風景は、私の中では最も日本らしさを感じさせる場所のひとつ。まさに「ザ・日本」。廃寺とは言え、寺を囲む森には、今でも八百万の神々が宿っているに違いなかった。 photo’s: (c) studio frog 2014

長崎にて

オランダと言えば長崎、というわけで、昨日ちょっとだけ長崎に行ってきた。 もう夕方で、それほど時間があったわけではないので、駅から近い「日本二十六聖人殉教地」を見学。

再開・・・

夏休みを日本で過ごしていた間に引いた風邪を、ずるずると引きずってしまいました・・・

即位式を飾った花

2ヶ月前に世界を沸かせたオランダの即位式。「今更即位式の話題ですかー?」という声も聞こえてきそうですが・・・それでも!ちょっとだけ気分を戻してご報告。

ブリュッセル

6月27日、28日の2日間、EU首脳会議の舞台となっているベルギーの首都、ブリュッセル。

VIC’sの日

6月7日。 夕方、そろそろ家に帰ろうと仕事場を出る頃、けたたましいサイレンの音が街中に鳴り響いた。

即位式の日

もう1週間過ぎてしまったけれど・・・ 4月30日、アムステルダムで行われた即位式。

エシカルな木製自転車 Bough Bikes

ひとつお知らせです。 Think the Earthというすてきなサイトで、レポートを書かせて頂くことになりました。その第一弾として紹介させていただいたBough Bikesを、こちらでも紹介します。

劇場版ミッフィー

Miffy the Movie (c) Mercis bv / Telescreen Filmproductie. All rights reserved (c) 2012 Warner Bros.Ent. All rights reserved. 日本では「ミッフィー」の名で親しまれている、うさぎの「ナインチェ」。 グラフィックデザイナーのディック・ブルーナがこのナインチェを生み出してから、約60年が経つ。

キンデルダイクにて

26日の土曜日。記録的な寒波が、去って行ってしまった。 25日まで約2週間にわたって氷点下が続き、全国的に運河がしっかりと凍った。 ニュースは「寒波襲来」と報道するけれど、「寒波来訪」と歓迎する人も多い。

秋・・

アムステル川沿いの街並み。 シンタクラースのパレードを見た帰り道に見た、はっと心をひく絵画的な光・・・・・

シンタクラースがやって来た!

毎年、この時期になるとやってくる、子供達のスーパーヒーロー「シンタクラース」。 今年は先週の土曜日にオランダに到着、そして日曜日にアムステルダムにやってきた。

DJ王国オランダ

(c)BETRIBES 10月17日、世界最大のダンスイベント「アムステルダム・ダンス・イベント」が幕を開けた。

カミングアウトデー

毎年10月11日は、カミングアウトデー。 カミングアウトとは、LGBTがその性的指向を周囲に表明すること。 カミングアウトデーはそんな人々を祝福する日で、1988年にアメリカで生まれた記念日だ。 オランダでも、2009年から様々なキャンペーンが展開されるようになった。

シェル裁判

10月11日、デンハーグで、注目の裁判が開かれた。 ナイジェリアの4人の農民が、環境汚染を引き起こしたとしてロイヤルダッチシェル社を訴え、賠償金と汚染域一帯の洗浄を要求した。

へスター財団(Stichting Hester )from update NL

ヘスター・ファン・ニーロプさんの母、アルセーネ・ファン・ニーロプさん(写真)は、2005年、「ヘスター財団」を設立した(2020年1月1日に解散)。ヘスターさん殺害から6年後にシウダース・フアレスを訪れ、同じく娘を殺害された母親に出会った直後のことである。 「心理学の本には、このような衝撃的な出来事の悲しみは、時間が解決してくれるとあります。1年経てば、悲しみは和らぎ始めて行くのだと。でもそれは間違いでした。時間は、耐えがたい悲しみを抱えた人生と、どのようにつきあえばよいかを学ぶ助けはしてくれます。しかし、悲しみそのものが薄れたり、消えて行くことは決してありません」とアルセーネさんは言う。

ワールドプレスフォト 2012 (from update NL)

  前年度に撮影された報道写真を対象に行われる、ワールドプレスフォトコンテスト。 その受賞作品を公開する恒例の展覧会が、4月20日、旧市街にある旧教会で幕を開けた。 今年で55回目を迎える同コンテストは、1955年にアムステルダムで発足した「ワールドプレスフォト財団」が運営している。

(c) Rijksmuseum Amsterdam

「手紙を読む青衣の女」の修復

昨年の6月から今年3月14日まで日本に貸し出されていたフェルメールの名作「手紙を読む青衣の女」が、アムステルダム国立美術館の展示会場に戻ってきた。 2010年に1年がかりの大修復を行ったこの名作はその直後に日本に貸し出されており、オランダでは修復後初めての展示となる。

北朝鮮レストラン (from update NL)

この冬、アムステルダムに、ヨーロッパ唯一の北朝鮮レストランがオープンした。店名は「ピョンヤン」。 レストランだけではなく、北朝鮮の映画を上映したり、北朝鮮への旅行の手配もするなど「北朝鮮文化センター」の役割も担っている。

Ajax-AZ  (from updateNL)

1月19日 アムステルダムのサッカーチームアヤックス対アルクマールのチームAZの、特別な一戦がアヤックススタジアムで開催された。 なにが特別だったのか・・。 それは観戦できるのが、小学生と引率者だけに限定されていたからだ。 警備の事情から、スタジアムは半分のみ使用したが、2万人の子供が一斉に叫ぶ様子は壮観。いつもの試合とは異なる無邪気な活気で溢れていた。

Woudagemaal (from update-NL)

この数日、オランダは大雨と強風に見舞われた。特に国土北部の北ホランド州、フリースランド州、そしてフローニンゲン州では、時速100kmにも達する強風とともに豪雨が続き、湖川の水位も大幅に上昇。その水位は過去14年間最高を記録し、各地で堤防の決壊、破堤が危惧された。

Maastricht- Onze Lieve Vrouwebasiliek (from update-NL)

  オランダ最南の街マーストリヒトにある「聖母マリア教会」は、 この国で最も美しい教会のひとつで、有名な聖母マリア像がある。 海の守護神と言われ、このマリアに祈りを捧げると、争い事が仲裁されるという言い伝えがある。

Noordwijk (from update-NL)

< div class=”style_SkipStroke_4 shape-with-text flowDefining”> < div class=”text-content style_External_604_499″> オランダでは(オランダだけではないだろうけれど)12月25日を第一クリスマスデー、26日を第二クリスマスデーと言う。 ある統計によるとクリスマスは、最も多くのオランダ人が「自分は幸せだ」と感じる日なのだそうだ。

(C) MVRDV

MVRDV =The Cloud= (from update-NL)

  ロッテルダムを拠点に、世界を舞台に活躍する建築家集団MVRDV。 東京表参道のGYREを手がけたこともあり、日本でもすでにお馴染みの存在だ。 そんな彼らがデザインした「The Cloud」は、2015年に韓国のソウルに完成予定の複合ビル。

孤独な葬儀 (from update-NL)

アムステルダムには、「孤独な葬儀」という詩人集団がある。芸術家であり詩人であるF・Starik(F・スターリック。写真)が2002年に創立したものだ。

The empty chair by Maarten Baas (from updateNL)

6月6日、デン・ハーグのランゲ・フォールハウトで、中国のアーティストたちの作品を集めた展覧会「空の下のデン・ハーグ」(Den Haag onder de Hemel)がその幕を開けた。

Ameland 渡り鳥と光害3 (from updateNL)

スヒールモニクオーホ島の隣には、アーメランド島という一回り大きな島がある。 人口は約3500人。島のあちこちに広大な砂浜が広がる美しい島だ。 そして隣島と同様この島もまた、多くの渡り鳥の通過経路上にある。

schiermonnikoog 渡り鳥と光害2 (from updateNL)

毎年、約6000万羽、約120種類の渡り鳥が、北海上空を通過するという。 多くの鳥たちにとって、ワデン海周辺は大切な中継地点。 シベリアやスカンジナビア半島と越冬地のヨーロッパやアフリカとの間を渡る途中、 ワデン海の島々で休養し、栄養補給をする。

schermonnikoog 渡り鳥と光害1 (from updateNL)

オランダ国土の北部には、「ワデン諸島」と呼ばれる5つの島が並んでいる。 Schiermonnikoog島(スヒールモニクオーホ)もそのひとつ。 島の大部分が国立公園で、オランダ本土からは船で約45分。 島民以外は島に車を持ち込めない。 長さ17km、幅4km、人口約1000人。 観光が主産業の、小さな島だ。

Vincent van Gogh 4 (from update-NL)

    取材旅行を終えて 先走る想像力にブレーキをかけながら、アルル、サン・レミ、オーヴェール・シュル・オワーズ、そしてオランダのゆかりの地を巡った。 なかでも一番印象に残ったのは、終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズだった。

Vincent van Gogh 2 (from update-NL)

900通の書簡が明かにした、ファン・ゴッホの芸術観 レオ・ヤンセン: 私を含めて3人の研究者が、フルタイムで15年間、ファン・ゴッホと交わされたもの、ファン・ゴッホについての記述がある合計900通を超える書簡を研究し、昨年全6巻の書簡全集と研究用のウェブ・サイトにまとめました。