富士山と日本アルプスが織りなす絶景

富士山と日本アルプスが織りなす絶景

飛行機でも新幹線でも、乗り物の窓から美しい富士山の姿が拝めた時に「ありがたや〜」と思ってしまうのは、富士信仰の表れだろうか。

この写真は去年の11月の終わり、オランダに帰国する時に飛行機から撮ったもの。
名古屋中部国際空港を離陸して間もなくだ。
朝空港に向かう時から、こんなふうにぴりっと寒い冬の晴天には富士山がきれいに見えるはずだと期待していたが、まさか幾重にも連なる日本アルプスと共に神々しい姿を見せてくれるとは思わなかった。このへんの上空は何度となく飛んでいるが、こんな絶景は初めてだ。

この写真を撮ったのは、母が亡くなった3日後のこと。お葬式や火葬を済ませて息子と一緒にオランダに戻るところだった。
母の名前も「富」で始まるせいか、これは1ヶ月半彼女のそばにいて最期を看取った娘(=私)への贈り物に違いないと思いながら、窓からの絶景を眺めていた。
もちろんこじつけに違いないのだが、こういう時におこる全ての奇跡は死者からの贈り物と受け止めてもバチは当たらない。窓に顔を押しつけて、富士山が遙か後方へと消えて行くのを見届けた。
と言うよりは、「富士山に見送られた」気分である。

顔をあわせればケンカばかりした母娘だったが、最期の1ヶ月半は、母のそばで本当に良い時間を過ごすことができた。
これもひとえに、毎日家に来てくれていた在宅医療チームの人たちのおかげ。
母の痛みのケアはもちろん、家族も疲弊することなく穏やかな気持ちで看病し続けられるようにと、親身に寄り添い続けてくれた。

核家族生活があたりまえの近年、子供が家族の死に目に立ち会う機会は少なくなっているに違いない。それでも私は、できることなら息子にも母の最期を見届け、オランダとは異なる「日本の死の儀式」をしっかり経験してほしいと願っていた。いざと言う時にすぐに駆けつけられる距離ではないので、実現できたことが半分奇跡に感じられた。

とにもかくにも、亡き母の「見事なお手前」のおかげで見ることが出来た富士山の絶景を、しっかりとカメラに収めた。