ウィム・クロウェル

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「私は、デザインとアートは別世界だと考えています。このふたつの世界は、融合させないほうがいい」(ウィム・クロウェル)

ウィム・クロウェル(1928~2019)は、戦後のオランダで最も重要なグラフィック・デザイナー、タイポグラファーである。

1963年、創設者のひとりとして、この国初のデザイン・プロダクション「トータル・デザイン」を設立したクロウェル。郵便局やKLMのロゴ、スキポール空港のサイネージなど、多くのコーポレットアイデンティティの名作を生んだ。美術館のポスターデザインでも、多くの傑作を残している。それらの作品に共通しているのは、半世紀以上前に作られたものとは信じられないほど、今もなお斬新な輝きを放ち続けていること。いつの時代にも、世界中のモダニストの感性を刺激している。

昨年の秋に発表された「ファン・ゴッホ書簡全集」は、ゴッホ研究の集大成として話題を集めた。手紙、絵、スケッチ、そして翻訳など、多様な学術的要素が詰まった複雑な構成だが、これをわかりやすく簡潔に整理して、知的な印象のデザインを与えたのはクラウェルだった。

この本のデザインを含むこれまでの仕事のこと、そして彼のデザイン観などについて話を伺った。

読者がロジカルに情報処理するための、ルールをデザインする

以下C=クロウェル、Y=ユイ

Y:ファン・ゴッホの書簡全集は、研究者たちが15年に渡る研究の集大成として出版された本ですが、デザインにはどのくらいの年月を費やしましたか?

C:最初の打ち合わせから完成まで約2年半です。この本は、構成要素が多いことからタイポグラフィが非常に複雑でした。ゴッホが交わした手紙、手紙に描かれたスケッチや実際に描かれた絵画、交流のあった芸術家の作品や、彼らが第三者とやりとりした手紙。そして同時代の芸術家の作品などです。わかりやすいシステムをつくるのが、難しかった点です。
実際に作業をする複数のデザイナーたちが、同じ条件でレイアウトをつくれるようにするためのルールも必要でした。絵をページに配置するのはとても感覚的な作業で、人それぞれのフィーリングで大きく左右されますからね。簡潔に、シンプルにものを見せるというのは、実はとても複雑な作業です(笑)。

Y:デザインの特徴は?

C:読者がロジカルに情報処理できるように、たくさんのルールをつくりました。たとえば、書簡は全て実物大で掲載。そこにスケッチが描かれていたら、その完成作品である絵画を隣ページに掲載する、などです。ゴッホは手紙の中で、自分の絵についての考えや気持ちをたくさん説明しているので、それらを完成作品と並べて見ることで理解は一層深まります。
そしてひとつの書簡で触れている作品は、全て切手サイズで掲載しました。繰り返しになることは多かったですが、読者が該当する絵を、ページを前後させながら探す必要がないようにしたのです。

Y:このプロジェクトを終えて、ファン・ゴッホの全てを知り尽くしたのでは?

C:知り尽くしましたね。でももうこれ以上知らなくていい(笑)。彼は、それはそれは難しい人だったでしょうね(笑)。自己中心的で。ゴッホというと情熱の画家と言う印象がありますが、実はとても計算高い人物でした。

この本は、ゴッホとの間にかわされた900以上の手紙すべてを、一文字も逃さず研究した集大成です。翻訳も非常に正確です。研究者たちも「ゴッホの書簡に関して、これ以上完成度の高い研究がなされることはないだろう」と言っていますが、まさに究極のゴッホ研究書といえるでしょうね。

システマティックなデザインが、好きだ

Y:あたなはグラフィックデザインによって、煩雑で大量の情報にルールを生み出すのが得意ですよね。以前は電話帳のタイポグラフィも手がけていましたね。

C:その通り。内容が複雑で煩雑になるほどやる気が湧きましたね。フィーリング重視のタイポグラフィを好むデザイナーもいますが、私はシステマティックなものが好きです。私の資質が、そういったものに向いているのでしょうね。

仕事では、ポスターデザインや展覧会のキューレーションなどの方がメインで、このような難解なタイポグラフィの仕事はその合間に手がけていました。いい刺激になりましたね。異なるタイプの仕事は、お互いの領域を触発し合いますからね。

ポスターのデザインでも、私はまずシステムを考えていました。グリッドも好んで使いましたね。ファン・アベ美術館のポスターを継続的に手がけていた時には、展示作品から受けたインスピレーションをタイポグラフィに置き換えて表現することが多かったのですが、それらはいつも構造的で建築的でした。「LEGER」のポスターも、この画家のある時期の特徴だった黒い縁取りのようなラインからインスピレーションを得ています。

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時代とタイポグラフィ

C:私は、1950年代に一世を風靡したスイスのタイポグラフィから大きな影響を受けました。システマティックなスタイルで、視認性が高く、客観的、数学的、構築的なアプローチが特徴です。特に、マックス・ビル、ヨゼフ・ミューラー・ブロックマン、エミール・ルーダーらには強い感銘を受けましたね。
スイスタイポグラフィーの代表的な書体「アクチデンツ・グロテスク」を初めて見た時には心底感動しました。

タイポグラフィは時代によって大きく変化します。最近は、私が好んだシステマティックなスタイルは背景に押しやられていますね。今はフィーリング重視の時代です。

しかし、昔のようにひとつの時代を強烈に制覇するような大ムーブメントは生まれにくくなっているので、以前のスタイルも早い周期で戻ってくるでしょう。
このスパンの短さこそ現代の特徴です。メディアも速いスピードで多様化し、次々と新しいものが生まれていく。若いデザイナーには本当に大変な時代だと思いますよ。けれども、羨ましくもある、私もテクノロジーにはとても興味がありますからね。最先端のテクノロジーを使うのは、本当にエキサイティングなことだろうと思います。

1967年、私は当時の最先端だったデジタル植字機のための「ニュー・アルファベット」というタイプ・フェイスをデザインしました。デジタル植字機の技術の限界をコンセプトに据えてデザインした実験的なものです。同僚たちはみな、「機械の短所を補うタイプ・フェイスなんて愚かだ」と批判しましたが、このレベルの機械と今後数十年つきあっていかなければならないと考えれば、専用のタイプフェイスがあってもいいじゃないかと思いました。

デジタル植字機はうまく弧を描けないので、このタイプ・フェイスは水平、垂直、そして45度のラインだけで構成されています。そして横並び同様、縦に並べても美しく見えるように文字幅も統一しました。とは言っても、実験的なデザインでしたから、決して読みやすいものではありません。その後更に改良もしましたが、植字の技術自体が発達していったことから、「ニュー・アルファベット」が実用化されることはありませんでした。

でもこれが90年代になると再び注目を浴びはじめたんですよ。イギリスの音楽雑誌で使われたり、「ジョイ・ディビジョン」というイギリスのグループがレコードジャケットに使ったりしてね。若いモダニストたちの目には、時代遅れの機械のための文字が「クール」にうつったんです(笑)。驚きましたね。同時にとても面白い現象だと思いました。

デザインとアートは、融合しないほうがいい

Y:近年、デザインとアートとの融合がひとつの論点になっていますが、それについてのあなたの意見は?

C:私は、デザインとアートはまったく異なる別世界だと考えています。もちろん共通する部分はありますから、お互いを刺激しあうのは結構。しかしそれを融合させていくことには賛成できない。デザインとはある目的を達成するためのもの。そしてアートは、アーティストの存在の源で自身に問いかけながら制作していくもの。アートの分野で活躍しようとするデザイナーを見ると、「デザイン」では自分の力を出し切れないのだろうか、何か不足があるのだろうか、と疑問を感じてしまうんですよ。
このことについては、私も多くの同僚たちと論議しました。反対の意見が多いことも承知していますし、それは尊重しています。
でも私は、2つの世界は別々に存在している方がよいと思いますね。

Y:今はどのようなお仕事を手がけていらっしゃいますか?

C:リートフェルトの本のデザインを手がけています。今年の末には発表されるでしょう。この仕事を最後に、現役を引退しようと思っていますよ、少しのんびりもしたいしね(笑)。

Y:モダニストのあなたが最後に手がけるのがリートフェルトとは、とても象徴的な気がします。完成を楽しみにしています。ありがとうございました。

portrait photo by kiyomi yui


2019年9月19日、クロウェル氏は逝去されました。この記事は、2010年4月に投稿したものです。